自分の「好き」は、日々の暮らしに溢れている

こんにちは。朝日千晴です。

最近、自分の「好き」が分からなくなっていました。

私の好きってどこにあるんだろう?

漫画もアニメも、ゲームも本も、明るい色の服もかわいいイラストも全部好き。

でも、どれも胸を張って「好き!」と言えるほどのものじゃないし、詳しくもない。

「一体、私の好きなものって何だろう…」と、悩んでいたのです。

そんな先日、寝支度を整えて親子横並びで布団に入ったとき、5歳の娘が突然こう言いました。

「明日、お母さんと一緒に起きたい!」

私の起床時間は4時半。自分の時間をとるためにと始めた早起きを、娘も一緒にやりたいと言うのです。

しかし、娘のいつもの起床時間は6時〜6時半。

2時間も早い時間に起きれる?眠くならない?と訪ねても娘の意思は変わらず、「わたしも早起きしたい!」「大きく揺らして、ぜったい起こして!」と聞きません。

「じゃあ、明日ママが起きた時に、一緒に起こすね」と約束し、迎えた翌日、4時半。

スマホのアラームと共に起床すると、横でまだ娘はすやすやと寝息を立てていました。

起こしたら「眠い!」なんて怒られるんじゃないかな、と思いきや、一声かけただけで娘は目覚め、すぐに寝室から出て着替えまで済ませたではありませんか。

あまりのスムーズさに、こちらがびっくり。

「ママはいつも散歩に行くんだけど、どうする?」

そう聞くと、娘は「行く!」と即答。

そうして二人で家を出て、我が家から5分ほどの場所にある川沿いを散歩することにしました。

人気の少ない朝は、生き物達の声が沢山聞こえてきます。

ブォ!ブォ!と鳴く牛蛙の声。チュンチュン、カァカァという鳥の声。リーンリーンと響く、なんだかよく分からない虫の声。

娘と手を繋いで「ほら、あれは〇〇の声だよ」「いまの、〇〇の声かなぁ」なんて話しながら、ゆったりと歩いていきました。

「ママはね、こうやって早起きして、誰もいない道を散歩したり、一人で勉強したりするのが好きなんだよ」

そう言ってから、ハッとしました。

そうだ。私は朝一人で過ごす時間が、好きなんだ、と。

そう自覚するとなんだか胸がギュッとなって、「なんだ。ちゃんと、好きなことあるじゃんか」と嬉しくなったのです。

実家が早寝早起きスタイルだったこともあり、ライフスタイルが変わっても、早起きだけはずっと習慣として続いています。

それは私の中で当たり前の日常だったのだけれど、娘と一緒にやってみると、たくさんの好きがあるということに気づいたんです。

柔らかくて優しい朝の日差し。

森の中のような、どこか湿った空気。

誰もいない世界を歩くことの贅沢さ。

伸び伸びと暮らす生き物達の様子。

当たり前になっていて気がつかなかったけれど、実は「早起き」という習慣の中に、私の好きなものが沢山つめこまれていたのです。

娘と一緒に出かけることで、自分の好きなものを再発見することが出来ました。

日々の生活に馴染んでいる「好き」こそ、本物の好き

好きなものって、実はすでに身の回りに溢れているんだと思います。

部屋に置いているもの、身につけているもの、よく目にするもの、思わず手にしてしまうもの、いつもやってしまうこと…。

実は本物の「好き」は興奮や熱狂とは無縁で、密かに静かに、私たちの暮らしの中に馴染んでいるのかもしれません。

そんな「当たり前の好き」に気づけたら、それはもっとも大切で、かけがえのないものになるのではないでしょうか。

自分の中の当たり前を見直すのは難しいけれど、ゆっくりと一つずつ、自分の好きを紐解いていきたいなぁと思います。

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