【考えすぎる私の独り言】休み上手になりたいだけなのに、なぜこんなに難しいんだろう?

こんにちは、朝日千晴です。

日曜の夕方になると、決まってどっと疲れが出ます。
特別ハードなことをしたわけでもないのに、体も気持ちも重たい。

時計を見上げて、「もう休みも終わりか……」とため息をつく。
それが、ここ最近の恒例行事でした。

解消されないこの疲労感から抜け出したくて、ここ最近「休み方」について考えるようになりました。

「休む」って、どうしてこんなに難しいんだろう?

昨年4月に夫の単身赴任が始まり、我が家は基本的にワンオペ体制。
休日も子どもたちは在宅で、家事も育児も止まらない。
「休んでいるはずなのに、全然回復しないなぁ」と感じていたんです。

そこで、週末にまとめてやっていた家事を平日に少しずつ分散させて、意識的に“回復の時間”を確保できるよう工夫してみました。

ただ、時間の余裕はできたんですが、なぜか日曜の夕方になるとぐったりしてしまって…。

なんでだろう?と思って、今朝、この週末に何をしていたかを書き出してみました。

  • ・朝、トイレが詰まるトラブルが発生し、対応に追われる
  • ・気持ちに余裕がないまま学童の面談へ
  • ・急遽、姪っ子たちが遊びに来ることになり実家へ
  • ・空き時間に、掃除・洗濯・修繕・犬の散歩 etc

……思っていた以上に、あれこれ詰め込んでいたみたい。

時間に余白があると、つい「これもやっておこう」と予定を入れてしまって、結局、1日中ずっと小走り状態。
「そりゃ疲れるよね」と、妙に納得しました。

だらだら動画を見たり、近所をのんびり散歩したり。
「何もしない時間」をつくるって、どうしてこんなに難しいんでしょう?

日本には「もったいない」という言葉があるように、
あるものを余すことなく使い切るのが美徳、という感覚がありますよね。

時間も同じで、「無駄にしたくない」という思いから、つい予定を詰め込んでしまうのかもしれません。
どこかに、「だらける=だらしない」というイメージもある気がします。

考えてみると、私にとって休みは、平日の延長線上。
むしろ、子どもたちが家にいる分、タスクは増えるくらいです。
そんな中で「休息」の時間を作るのは、なかなか難しい…。

じゃあ、どうするか。

適度にサボって、適度に休む。
それが自然にできないなら、「仕組み」の力を借りてみようと思いつきました。

まずは、「ここからここまでは休む」という時間を、はっきり決めること。
土曜の午後を「ママ休み」と決めて、Googleカレンダーに登録し、時間をブロックしました。

さらに、週明けに「週末どうだった?」と振り返ってみて、どんな時間の使い方が自分に合っているのかを確認してみようと思います。

休み上手は、生きかた上手

先日買った「ドイツ人の戦略的休み方」という本には、「ドイツ人はまず休みの予定を先に決める」と書かれていました。

彼らにとって、休むことは仕事と同じくらい大切。
だからこそ、「どんな働き方・休み方が自分に合っているか」を試行錯誤しながら、自分なりのベストな環境をつくっていくのだそうです。

自分に合った休み方に、とことんこだわる。
それって、なんだかすごくかっこいいなと思いました。

これまで、なんとなく休日を過ごしてきたけれど、
もしかすると、あくせく動き回る休み方は、私には合っていないのかもしれない。

じゃあ、私が一番ワクワクできる休み方って、なんだろう?

夕方、ビールやワインを飲みながら、気になっていた映画を見る。
子どもたちと一緒にテレビを見て、たくさん笑う。
一緒にお菓子を作って、出来立てをみんなで食べる。

そんな時間があったら、心が一気に充電されそうです。

もしかして、休み方にこだわることって、「自分はどんな時間を過ごせたら幸せなのか」を確かめる作業なのかもしれません。

どう生きたいか。
何を大切にしたいか。
その答えは、休み方の中に、意外とあっさり隠れている気がします。

休み上手であることは、生きかた上手であること。
私も、自分に合った休み方を探しながら、少しずつ「休み上手」になっていきたいなと思います。