今の一歩が、未来になるから

緑と青空

やりたいことはある。
でも、思うように進まなくて、時間だけが過ぎていく。

それでも、立ち止まるわけにはいかない。

小さくても、今の一歩が、私の未来をつくっていくから。


今日は、ここ最近のことを書いてみようと思う。

これまで私はライターとして、Webライティングやコンテンツ制作を中心に仕事をしてきた。
でも、ある企業様でチームのリーダーとして運営に携わったことをきっかけに、「もっと土台づくりから組織に関わってみたい」と組織の裏方の仕事や仕組みづくりに興味を持つようになった。

これまで色々な企業さんと働かせていただく中で感じたのは、働くうえで労働条件や報酬も大事だけれど、それ以上に文化や思想が合う会社を選んだ方が、安定的に能力を発揮しやすいということ。

思想や文化に共感できる環境で働いてみたいという思いから、企業のビジョンや文化に共感する人材とのマッチングを重視した『Wantedly』というビジネスSNSに登録し、マッチしそうな企業に連絡を取るという日々を送っている。

ただ、なかなかいいご縁につながらない。

まず大前提として、私はフルリモートかつ時短勤務を希望している。
ワンオペ育児と仕事を両立するためには必須条件だと思っているけれど、多くの企業は出社必須かつ、フルタイム前提。

また、バックオフィス職は実務経験必須の求人が多く、未経験だと応募しても選考にすら進めないことも少なくない。

やりたいことがあるのに、前に進めない。この状態が続いて、じわじわとメンタルを削られている。

「やりたいことをやりましょう」「好きなことを仕事にしましょう」

そういう言葉を目にするたび、「私もそうなりたい」と強く思ったし、実際に「人が安心して働ける環境をつくりたい」という目標を持ってから、自分の中に使命感が芽生えて、仕事に対するモチベーションも上がった。

ただ同時に、やりたいことが見つかったからといって、状況が一変するわけではないという現実に直面してしまった。

たとえ強く「こうなりたい」と願ったとしても、目の前に一本道が現れるわけでもなく、向こうから「どうぞ」と差し出されるわけでもなく。

はるか遠く、強い光が灯っているのは分かるけれど、そこに行き着くまでの道もなく、ただまっくらな空間だけが広がっている。
その中を手探りで進む心許なさが、じわじわと心を揺さぶってくる。

本当にこっちであっている?
そもそも、あの光は手の届く位置にある?
届くとしても、一体どれだけの時間がかかるの?

やりたいことがはっきりと見えたぶん、あいまいだった頃よりも現実と未来の距離がはっきり分かってしまう。
「これは私のやりたいことじゃないし」と割り切れないから、余計にきつい。

どんな偉人も偉大な功績をあげた人たちも、最初は不安の中にいたと、頭では分かっている。
でも、私がそっち側になれる保証なんてどこにもない。
むしろ、このまま何も成せずに、時間ばかりが過ぎていく可能性の方が高いかもしれない。

「この先どうなるんだろう」という不安が、ずっと頭に張り付いたまま、剥がれずにいる。

そんな中、LE SSERAFIMの「BOOMPALA(ブンパラ)」という曲を聴いた。

Nothing’s forever so nothing’s to fear
永遠なんてない だから怖がることもないの

この歌詞を聴いて、どんな不安も、永遠に続くことはないなと、ふとそう思った。

私は日々変わっている。
不安を抱えながらも、その中でできることを選び続けている。
結果に出なくとも、少なくとも以前の私とは違う。

そう思うと、「今の状態がずっと続くかもしれない」という不安が、少しだけ和らいだ気がした。


不安になるのは、今できていないことにばかり目線を向けるから。

そう思ったから、今できていることを1つずつ、数えてみることにした。

まず1つ。週末から溜め込んでいたレシートを家計簿アプリに入力した。
2つ。使いにくいなと思っていた引き出しの中身を整理した。
3つ。玄関を掃いて、ウェットティッシュで拭いてキレイにした。
4つ。朝早起きして犬のお散歩に行けた。
5つ。毎日の洗濯と自炊ができている。

ひとつ、またひとつとできていることを数えていくうちに、小さな自信が湧いてくる。
未来に向けていた目線が、今へ戻ってくる。

そうだ、未来は今の延長線上にある。

不安はなくならないけれど、それを抱えたまま、進むことはできる。

進んだ先に何が待っているかは分からないけれど、それでも道はできる。

振り返って自分の道を見たとき、ここまでよく頑張ってきたなと、そう誇れる自分でありたい。

そうであったなら、どんな未来が待っていたとしても、きっと私は納得できると思うから。